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No. 125 (Tue)
dayline

Date 2006 ・ 05 ・ 09

『文字解釈奇譚・弐(後)』

「アタシは皆さん知っての通り、後家でねぇ。ただ男と女が好きあって一緒になったっていうのに、色々影で云われたもンです。まぁ、亭主になまじ金があったのもいけなかったンですかね。亭主とアタシは最初は上手くいってたンですよ。最初はね。でも、だんだんそうもいかなくなってきた。亭主はアタシを疑いはじめたンですよ。周りの声に耳を貸すようになっちまったンです。こいつぁ、本当に金目当てで俺ンとこ嫁いできたンじゃあないだろうか、ってね。確かにあの人には取り柄という取り柄がないもンです。あったのは人より少しばかり多いお金だけ。でもアタシはそれ目当てで結婚したわけじゃあありませんよ。あの人にはあの人なりの良さってモンがあって、それをアタシだけが知っているからこそ一緒になったンです。夫婦ってそんなもンじゃありませんかね、センセ。それでまぁ、あの人との関係がぎくしゃくし始めましてねぇ。まずあの人はアタシの目を見なくなる。次にあの人はアタシと話さなくなる。次にあの人と生活のリズムが合わなくなる。次にあの人はアタシの家に帰ってこなくなる……その悪循環といったら。そして最後には借金しか残らないンです。あの人は遊びが過ぎちまって、自分の頼みの綱までなくしちまったンですよ。……ええ、それでもアタシはあの人と別れませンでしたよ。アタシはあの人に心底惚れていましたンでね。馬鹿な女でしょう? でもアタシはそういう女なンです。毎日、鏡の前で溜め息つくしか脳のない女。恨み言すら言えやしない、気弱な女。借金こさえて、そんであの人はその取り立て屋のせいで、すっかり人が変わっちまうし。まともに外も出れない有様で。アタシも働きましたがねぇ。所詮、はした金ですよ。返済が間に合うわけがない。やつれ果てた顔を、唯一残った家財の鏡に映してみたって、なぁんも楽しいことはありゃしません。でもねぇ、それでもアタシは鏡を覗き込まなきゃいけなかったンですよ。ねぇ、センセ、お分りになりますよねぇ? アタシはそれでも鏡を覗き込まなきゃいけなかったンです。


そんな時だったんですよ、その事に気付いたのは。


アタシの一番の特徴の、右目の下の、ほくろ。鏡の中のやつれた顔をしたアタシの左目の下の、ほくろ。ねぇ、センセ。センセならどうします? そんな時、どうします? それを知ってしまった時、どうします? その自分とそっくりな疲れた目を見てしまった時、どうします?もうそれはアタシであってアタシじゃないものになっていた時、どうします? それを知ってしまった時、人は。

アタシは、アタシはですねぇ……。

あらまぁ、もうこんな時間じゃないですか。すっかり外も暗くなって。かなり長居をしてしまったようで。ごめんなさいねぇ。いえ、いえ、もう帰ります。この頃は例の借金のせいであの人も家にいるンですよ。最近はアタシの味噌汁をよく泣きながらおいしいおいしいって食べてくれるンです。今日は本当に変な話をしてしまって。飽きずにまた愚痴を聞いてくださいな。それじゃあ、センセ……

え?

ええ、ええ。

ええ、アタシ今とても幸せなンですよ」




「04.鏡に映るもの」

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No. 65 (Wed)
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Date 2005 ・ 11 ・ 30

『文字解釈奇譚・弐(前)』

「ねぇ、文字解釈のセンセ」
うちの先生に会いに、夕方すぎにやってきた少し痩せすぎで頬の痩けた色の白い女のひとは、そう話を切り出した。
「鏡を覗いて見て、自分じゃないものが映っていたら、センセはどうします?」
「自分じゃないもの、ですか?」
そんな途方も無い質問に対しても、先生は呆れもせずあくまでも優しく対応する。障子越しで顔は見えないが、眼鏡の奥の日本人としては少し色素の薄い茶色の瞳も優しく和らいでいることだろう。
先生はいつもそうだ。全然先生の仕事のたしにならない話でも、優しく受けとめて耳を貸す。先生曰く、「“ことば”に無用なものはない。すべてが意味を持ち生きているからね、琥珀」だそうだ。僕にはどうもただ単に先生が馬鹿がつくほどにお人好しなだけだと思うんだけどね……。
それはともかく。それをいいことに、先生がどんな話でも聞いてくれることをいいことに、町の人々は先生に悩みや不満をぶちまけに毎日代わる代わるやってくるようになった。そして今日も例に漏れず悩める人間がやってきたところである。
「アタシの顔じゃないンです。全然、知らない女の顔になってるンです。いや、あれはアタシ自身なンですかね。とにかくおかなしな話なンですよ」
「ほう。具体的に言いますと?」
先生が身を乗り出す気配がした。どうやら先生の興味を引いたらしい。こうなると先生は相手が相談してきた相手が辟易するほどつっこんだ質問をしはじめる。つまり、かなり長話になるわけで。今は夕方。もうすぐ夕飯の支度をしなければならない時間。そしてこの先生の家で料理ができるのは、家主の先生のみ。だからこそこうして縁側で張って盗み聞きをしていたわけだけれど。
ああ、でも結局僕の夕飯はいつも通り遠退いたようだった。
手持ち無沙汰になってしまったので、自棄になってこのまま盗み聞きに専念することにする。
部屋では女のひとがひと呼吸おいて再び話し始めたところだった。
「……センセはもう一人の自分というものを信じます?」
「いわゆる分身のことですね?そうですねぇ。まったく同じ自分がこの世界にもう一人存在するというのは信じていませんが、ほかの世界に自分と同じ性質のものが存在しているというのは信じていますね」
……先生、また西洋のおかしな本を買って読みましたね。あれだけ今月は家計が苦しいって言ったのに…!センセはよく西洋の本を集めて、知識を広げている。しかしそれも役に立たないものばかり買ってくる。なので、この家の家計はそのせいで火の車とも言える。西洋の本はまだ稀少で、高価なのだ。
「……?センセのおっしゃることはよく分かりませンけど、だいたい合ってると思いますわ。だって、鏡に映るのはアタシじゃなくて、鏡の中の世界のアタシですもの」
「つまり、鏡の中のあなたがこちらのあなたを見返している、と?」
「そうなンですの。ほら、私目のしたに黒子がついておりますでしょ?右に」
「ええ、泣き黒子ですね」
「それが鏡の中では左についてますのよ。アタシから見て、左に」
「ほう」
普通、黒子が右についていれば鏡にもこちらから見て右についているはずだ。そのことに僕の背中に震えが走る。と、いうことは……。
「本来、鏡は左右対称に映らなければならない。その因果が狂っている。つまり、鏡には別のものが映っている、と」
「ええ、そういうことですの。ほかはそっくりなンですけどねぇ。鏡の中のアタシはどうやら見落としがあったみたいでねぇ」
そこで女のひとは忍び笑いをもらした。おもしろいからとか正の感情からくる笑いではない。それは、何かを無くしてしまった虚ろな負の笑い。僕の背中に再び震えが走った。

「あれはいつでしたかねぇ。そのことに気付いた日は」

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No. 50 (Fri)
dayline

Date 2005 ・ 10 ・ 21

『文字解釈奇譚・壱』

それはそれは白い手だったンですよ、文字解釈の旦那。
その壁と壁の間から生えた手はよぉ。しかもどうやら女の手みてえだったンですよ。その壁から生えた手は。
なぁ、文字解釈の旦那、どうお思いになります?壁と壁の間から手が生えてきたンですよ、旦那。こりゃーモノノケとしか思えねぇ。
まぁ、とにかくその手はとんでもなく美しかったンですよ。
厚さがそんなにねぇ、真っ暗くらな壁と壁の間から生えてるおかしな、いンや、よく考えてみれば少しばかりじゃねぇンですよ、かなり、ありえねぇことなンですぜ?
それなのに、あンの頭が足りねぇ男は、あんまりにも綺麗で夜闇に紛れねぇでむしろ凛として白く発光してる手、それがてめぇに手をこまねえてるってンでさ、その手を掴んでしまったンですよ、文字解釈の旦那ァ。
そしたら、その手はすげぇやわらかくって、どんな女の手にも優らねぇ、なんかこう一瞬で何もかもがどうでもよくなるってんですかね?そんなふうになっちまって。
そしたら、そしたらですぜ、旦那ァ。その手が、手ぇ握ったまんま壁の隙間に連れ込もうとするンです。あいつはこりゃ大変だ、と慌てて手を外そうとしてもびくともしねぇ。そうしてる間にもずるずると壁の中に引き込まれてくってんで、たまらずあいつは声をあげた。助けてくれぇえって。
そこで現れたのがてめえなわけですよ。
そンときゃ、何が起こってるか分からねぇもんですからおっかなびっくり奴に近づいて、どうかしたンかーって尋ねてみたンですよ。でも奴は安心したのか口パクパクさせるだけで答えやしねぇ。で、仕方がねぇンで近づいてみたら、ほら、さっき話した情景ですって。おったまげたのなンなって。
その手があンまりにも綺麗でなぁ。
思わず奴の手を払い除けて、自分が掴もうかと思ツたもンですよぉ、旦那。ホント、白い壁と壁の間にそれよりも白い手が咲いてンですから。触ってみてぇ、と思わないほうがおかしいッてンで。
でもやっぱりこれはおかしいッてンで、てめぇも我にかえって、奴を後ろからひっぱったンですけどねぇ、これがびくともしない。そンでみるみるうちに奴の肩まで壁との隙間にはまりこんじまってさぁ。壁と壁の隙間なンて僅かなもンでしょ?だからそこでつっかえちまってさ、そンときに今まで放心してた奴が思い出したように、いてぇって声をあげたンですよ。
そしたらですよ、旦那。手が一瞬、こう、びくぅっと強ばったと思ッたらぱぱっと奴の手を放しやがったのよ。不思議ッたら。まるで奴が痛がるのを恐がったかのようにさ。なんだ、モノノケの目にも涙ですかね。
まぁ、その反動で奴がてめぇに転がり落ちてきて大変だったンですがね。こちとら窒息するとこだったンで。笑い事じゃあねぇンですぜ、旦那。奴ぁ、最近酒太りでさぁ、あンのくそ重い体がのしかかってきてさぁ、ホント、死ぬとこだったんで。
その重い奴をてめぇは親切にも家まで送り届けてやったンですぜ。まったく奴も友人冥利につきるだろうってンだ。
そンで家まで送りとどけてやったら、玄関先に奴の女房が泣きそうな顔して待ってンですよ。奴の女房は器量はちぃとばかしよくないが、気の優しい女でさぁ。その日も酒ばっかり飲んで、帰ってこない亭主を心配して夜遅くまで起きてたらしいンで。てめぇに何度もお礼言ってましたわ。
そうですよ、えれえできた女ですよ。
でもなぁ、てめえは気付いちまったンですよ、文字解釈の旦那ぁ。
何ッてさぁ、てめえから奴を受け取ったときの手ですよぉ。
それはそれはほっそい、白くて柔らかそうな手でねぇ。
思わず握りてぇ、って思うような……

そう、あの壁と壁の間に咲いてた手にそっくりだったンですよぉ。

もうてめぇはあいさつもそこそこに奴の家から急いでてめえの家に逃げ帰りましたよ。
それでも家への土産も忘れずにしっかり買ッてね。
なんだ、ほら、やっぱり、てめぇの女房は大切にしないといけねぇなッて思ったもンですからね。



「02.隙間から、手」

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